【告白】36年間生きてきた私の人生を皆様にご紹介しますので是非読んでいただきたい件

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作成した個人事業主のイラスト

 

 

 皆様こんばんはmountainです。いつもお読みいただきありがとうございます。本日は私が今まで歩んできた経歴を皆様にこの場をお借りして紹介させていただきたいとおもいます。

経歴

 

16歳 埼玉県立某高校入学

18歳 保育士養成校入学

21歳 私立保育園入職

24歳 理学療法士養成校入学

28歳 現職場に就職

29歳 副業開始(特養アルバイト)

30歳 自宅兼埼玉太陽光発電所運営開始(個人事業主開業届を税務署に提出)&入籍

   個人事業主 『mountain』を起業

34歳 三重県嬉野発電所運営開始

35歳 三重県大石発電所運営開始、群馬県安中発電所運営開始

36歳 はてなブログにて『mountain‘s cafe~理学療法士&太陽光運営~』運営開始

 

 となります。こう見てみると自分でもいろいろなことに挑戦してきたんだなと感じるとともに我ながら失礼ですが時代の流れを割と的確にとらえてここまでやってこられたのではないかと考えます。 

ターニングポイント

 

人生のターニングポイントはいくつかあったのではないかと考えます。

まず一つ目のターニングポイント

 

 保育士を辞めたこと

 これはかなり自分でも予想外な出来事でした。自分で辞めておいていうのもなんですが本当に保育士は天職だと思っていましたし定年までなんやかんややり続けるものだと21歳の自分は思い込んでいました。(若かったな~)

 保育士時代の私の年収は今でも覚えています。270万円程度であったと思います。私が勤めていた保育園は私立ながら規模は大きいため毎年の昇給も5700円程度ありました。賞与も4.4か月以上は保障されていて年功序列といった感じでしょうか。

 しかし休日が日曜と祝日しかなく頻繁に体調を崩す日々が待ち受けていたのです。

 プライベートも犠牲にして子供たちの作品を下ごしらえしたり構想を練ったりと眠れない日々を送っていました。3年目を迎える2年目の3月に決めました。

 3年頑張ったらもう保育士は辞めると。3年目は理学療法士養成校に入学するための費用を貯めようと決めたのです。だから3年目はもう今年で辞めるのだからと楽しく仕事をすることが出来ました。気持ちが固まったのだから次は理学療法士の養成校探しが始まることとなるのです。

 

二つ目のターニングポイント

 理学療法士におれはなる!

 見出しにもあります通り私は理学療法士になると決めたのであります。

 なぜ理学療法士かと申しますと話は小学生時代にまで遡ります。

 何もとりえのなかった小学校4年生の私は何をしても運動音痴、頭も良いわけでもなく、イケメンでもありませんでした。もちろんモテませんよ…とほほ。

しかしちょっとした転機が訪れるのです。

 それは小学校で毎年行われていた持久走大会です。ちょっとがんばった私はその大会で11位というなんとも中途半端な成績を収めます。私の持久走大会の表彰は1~3位メダル、4~10位は賞状が授与されます。当然11位ですから私はなにももらうことはできませんでした。そこに当時の担任が現れ『あなたの努力が足りなかったのよ、次はもっと頑張りなさい』といいました。いつもの自分であれば折れていたのかもしれませんが翌年は練習を朝行うようにしたのです。ちょうどそのころ成長期が重なりかけ身長が伸びかかっていたのです。

 翌年迎えた持久走大会で私にとって転機となる成績を収めることとなります。

 

 

優勝!!

 

 

なんと持久走大会で運動音痴であった私が1位を獲得することができたのです。

三つ目のターニングポイントですね。

 

 

 皆が自分を見る目ががらっと変わるのを肌で実感しました。全てが変わりました。もう陰で悪口を言われたりいじめられるようなことも(いじめられてはいませんでしたが)ばかにされることもなくなりました。

 こんなにも人生は変わるものかと感じたほどです。話は戻りますが幼稚園の頃からやっていたサッカーにも転機が訪れます。

 なんと小学校6年生の時に町の代表選手に選抜されたのです。しかも背番号10番。まさにシンデレラストーリーとでもいいましょうか。エースストライカーとして某県大会(?)で36チーム中3位の成績を収めることができたのです。まさに人生の転機です。

 ここまで順調に成長を続けてきた私ですが成長期の体に鞭打って運動をしていたためにオスグッド病(膝の疾患)にり患してしまいました。

 もうお分かりですね。怪我をして整形外科に通うことから理学療法士になりたいと心の奥底に思うようになったのです。

 理学療法士養成校は以前は養成校自体が少なく偏差値も高い狭き門でした。偏差値が人並みであった私にはとても受験で勝ち抜く自信もありませんでした。と同時に将来は安定した公務員になりたいという気持ちもあり保育士であれば比較的門戸は開いていると当時の私は感じ保育士への道を突き進むこととなるのです。

 

そして晴れて理学療法士免許を取得した私は某田舎の施設へ入職することとなります。

四つ目のターニングポイント

 

結婚

 大切な妻と2014年に入籍しました。

 生活をする上で十分な給与は頂いておりましたがもっと一度の人生好きな家や車が欲しい、子供たちとケチケチせずにいろんなことを楽しみたいと思うようになりました。

 そこで上記にも記載しましたが2014年より紆余曲折を経て太陽光発電運営(mountain)に乗り出すことになったのです。ちなみにロゴのmountainは単純に私が山が好きなことと太陽光発電なのでお日様を入れてみました。結構単純ですがすごく私は気に入っています。

これが五つ目のターニングポイントです。

 

こんなことがあって(本当はもっともっと説明しきれないほど話はあります)

そして今につながります。

 

どうでしょうか。人の人生意外と面白いのではないでしょうか。また今後この記事を追記して詳細を載せられたら良いなと考えています。

ここまでお読みいただきましてありがとうございました☆彡